いけにえ

その瞬間
鉄のかたまりが
猛スピードで突っ込んできて
真っ正面から衝突した私は
空中高く
放り出された

地面が
ゆっくりと
遠ざかっていき
意識が
ゆっくりと
拡散していく

数字としては知っていた
しかし
現実としては知らなかった
現実として
まきこまれることになるとは
夢にも思っていなかった

鉄のかたまりがみえる
鉄のかたまりの背後に
人がみえる
無数の人がみえる
私の家族や友人もみえる
全員がかたずをのんで私をみあげている

鉄のかたまりを動かしていた者は
なんらかの罰を受けることになるだろう
しかし
鉄のかたまりに罪が及ぶことはない
私の家族や友人でさえ
鉄のかたまりの背後にいつづけるだろう

とどのつまり
私は
いけにえだったのだ
人類の
夢と力とスピードの
いけにえだったのだ

もし
自分がいけにえとなる運命だと
あらかじめわかっていたとしたら
私はどうしていただろうか
どう生きてきただろうか
他に生きようはあったのだろうか

毎日のようにいけにえが捧げられていたことを
知っていた
誰もがいけにえとなりうることを
知っていた
自分がいけにえであることだけを
知らなかった

だれからも
いけにえの意味について教えられないまま
だれからも
いけにえとしての心構えをさずけられないまま　
だれからも
いけにえとしてのあつかいを受けないまま

いきなり
コンクリートの地面に
叩きつけられた